埼玉編(回想②) 百見は一触に如かず

文・写真/侍ライダー 木村峻佑

緊急事態宣言、延長―。まだ旅は、再開できない。
だから、もう暫し過去に思いふけることを許していただきたい。
正直、去年の暮れごろはここまで酷くなるとは思わなかった。
ようやっと意識し始めたのは、あの日からだろうか。

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「えーっ!マジかよ・・・」
3月3日。初日に緑の森博物館で得た情報をもとに、“山なのに魚の化石が見られる!”とワクワクしながら長瀞を訪れた私を待っていたのは、『埼玉県立自然の博物館 コロナのため休館中』との看板だった。

呆然としていると、背後から壮年男性が声をかけてくれた。
「残念ながらさぁ、博物館はいま休業中なんだよねぇ。はるばる来たんでしょう? いやぁ残念だねぇ」
あらためて悲しい現実を突きつけられ、さすがの私も俯きがちになる。すると、「オレ、ボランティアでガイドしてる者なんだけどさ。いまお客さんいないから、ニイちゃん案内してやるよ」
と、願ってもない言葉をいただいたのであった。

“老後をここで過ごせたらいいね”という奥さまとの会話をキッカケに、東京・赤羽からここに移り住んだという坂野氏。
こう見えてもう80歳なのだそうだ。

「博物館は見られないけどさ、長瀞名物の岩畳はぜひ見てってよ」
と、坂野氏専用の林を抜ける近道を通されると、目の前に岩の塊が見えてきた。

「よく見てごらん、岩が緑っぽいでしょう。変成岩っていってさ。地下何キロってところからここまでせり上がってきた岩なんだよ」
目を凝らせば、岩が幾重もの層からできていることに気づく。ここは日本地質学発祥の地であり、大学生もよく研究に来るのだと坂野氏が教えてくれた。

石英や泥岩などを手に取って見せてくれたり、珍しく藤が地面から自生していたりと、学術的にも観光的にも興味深い話を、傘寿とは思えない足取りで坂野氏はガイドしてくれる。

正直、確かに力強い岩群の景色こそ圧倒的だが、ここまで語ることが多い場所だとは思わなかった。坂野氏のガイドは1時間ほど続く。

そんななか、印象的な一幕があった。
「ほらほら、これ見てみて。穴が空いてるでしょ」

「ポットホールっていうんだけどね。流されてここに引っかかった、チャートっていう金槌でも割れない石がさ、そのまま川の流れでグルグル滞留させられて、岩を削っていってできた穴なのよ。何万年もかけてこんな穴ができたと思うとさ、浪漫だよねぇ」と語ったあと、坂野氏は目を細めてこう続けた。
「こういったものをさ、見つけられないまま帰っちゃう人って多いんだよ。それってもったいないことだよね。いまはケータイでなんでも調べられる時代だけどさ、それで穴の位置がわかるわけでもないし、長瀞の良さがわかるわけでもない。だのに、ネット見ただけで知った気になっちゃうのは、いけないよねぇ」

道中、大量の流木やゴミの山が目についた。昨年の台風の被害から、まだ回復できていないそうだ。
こうした現状を知るためという意味でも、実際に足を運ぶ重要性を思い知らされる。

「オレはボランティアだから、こんなことしてても収入にはならないけどさ。でも、今日こうして会えたおかげで、ニイちゃんに長瀞の奥深さを知ってもらえたと思うとさ、やっててよかったと思うよ」
そんな、別れ際の坂野氏の笑顔が忘れられない。

このご時世だ。リモート観光なんて言葉も飛び交っているが、それを通して興味深い場所を見つけたら、ぜひコロナ終息後に足を運んでみるべきだろう。
聞くだけでも、見るだけでもわからない。触ってみてようやくわかる真実というものが、この世界には溢れている。