福島編④ 回帰

文・写真/侍ライダー 木村峻佑

緊急事態宣言が解除されたとは言え、まだまだ油断は禁物な状況。
しかしながら、さすがにこれ以上実家に留まっているわけにもいかず、6月3日、旅を再開することにした。

・・・のだが。

「・・・アレッ? もう伊達!?」
福島県いわき市から、次なる目的地・宮城県へと至る国道をひたすら進んでいた。
あまりにもひたすら進みすぎて、気付いてみればどこにも寄らぬまま130km超も進んでしまった。もう宮城との県境も近い、福島県伊達市へと至ってしまっている。
いけない、いけない。
長い自粛生活の中で、野生の旅本能を欠落させてしまった。思えば今日は、都市部ばかり通っている気がする。

「・・・ならばっ」

やはり旅の世界へと帰るには、自然味あふれる道が良い。
「霊山(りょうぜん)」なる地名に惹かれ、伊達市街地から東へと舵を切った。

霊山という地名、なにか物語がなければ付かなそうなものだ。
民家ばかりが目に付く伊達霊山線だったが、しばし進むと「霊山神社」なる看板を発見。
ビンゴだ。

神社の駐車場に着くと、立派な銅像が目につく。北畠顕家という方だそうで、後醍醐天皇の時代にここ陸奥の鎮守府代将軍を任じられたらしい。霊山は国府があった場所なのだ。

登山道は車両が通れる道もあったのだが、いかんせん急勾配な上、先がどうなっているかわからない。
ロケットⅢでUターンできる場所が先になければアウトなので、荷物を背負い徒歩で山を登る。
一足早い夏ような暑さも相まって、なまった体はあっという間に疲弊した。今晩は筋肉痛だな。

休憩を挟みつつ山を登りきると、まさに自然に呑まれた・・・といった感じの本殿が拝める。
美しく保たれており、山奥なのに宮司の方々もいる。春の例大祭には、数十人の少年たちが舞を奉納したりもするそうで、地元民にとって大切な場所となっているのだろう。

「こんな山の上なのに・・・信仰が厚いんだねぇ」
一方の私は、お参りを手短に済ませると、踵を返してさっさと往路につくことにした。
祀られている北畠顕家氏は幼い頃から秀才で、舞ができて頭も良くて・・・と、凡庸な私にとってはなんとも感情移入し難いお方。
神社に感情移入することがそもそも間違いだとは思うが、正直、息を切らして登ってくるほどだろうか? と思ってしまうという罰当たりな私がいた。

「まぁ、これも旅の面白いところってことで・・・」
と帰路を見ると、もう一つ参道があることに気付く。そこを覗いてみると。

・・・下り、だよな? それにしては、上りに見える。石段が急こう配すぎて、不可思議な光景となっているのだ。
その上に、老若さまざまな竹がしなだれかかり。美しくも、どこかゾッとするシンとした空間が広がっていた。

「すごい・・・」
人だけでも、自然だけでも成しえないこの道。ほんとうに神のためのような道。
驚くべきは、この美しい創造物について、境内のどこでも触れられていないことだ。恐らく、ネットにも載っていないだろう。
意図してかどうかは知らないが、その奥ゆかしさに何より感動した。

今日、たまたま足を運んだから見ることができた、私のための“ご褒美”。
図々しくも、階段を下りきるころにはそんなことを考えていた。
そうだ! この発見の喜びこそが、人を旅に夢中にさせる一大要素だった。
鳥居をくぐると、振り向いて一礼する。
「私を戻してくれて、ありがとうございました!」