新潟編 秘境

文・写真/侍ライダー 木村峻佑

梅雨明けもようやく見えてきたかという7月下旬、私は新潟で米農家を営んでいる親戚宅へ身を寄せていた。

山古志の手前、山奥の田んぼを抱えた土地。
観光名所でもなんでもない場所で数日過ごすと、発見をひたすら追い求めていた旅路の疲れがどっと出た・・・。

世話になるお礼に“何かできることは?”と80代のおじちゃんに申し出たが、「百姓仕事は経験のない人にゃあ難しいから。適当に遊んでてくれ」と笑いながら却下されてしまう。

北海道で農家のアルバイトでもしておけば・・・なんて思ったが、多分そういう問題ではないのだろう。

ところ変わればやり方も変わるし、人それぞれの勘所や習慣もある。
旅人になる前は“機会があれば地方でいろんな仕事にも触れて・・・”なんて考えたものだが、都会だって田舎だって、おいそれと手を出せる領分は少ないのだ。

自分の無力さを痛みながら呆けていると、「シュン君や、まだ居るんだったら、ちょいと奥只見の方までドライブに行かねえかい」とおじちゃんに誘われる。
“この辺りのどこを見よう”と悩んでいたところだし、二つ返事でおじちゃんの軽自動車に飛び乗った。

「全長10km以上もあるトンネルがあってさぁ。ここらに来たら、一度は見ておくべきだよ」
クルマは魚沼から東へ進み、福島との県境へ近づく。やがて古めかしい料金所跡をくぐると、道は途端に傾斜をはらみはじめ、カーブも多くなっていく。
驚いたのはそれからだった。

「うわっ…。すっごいトンネル。何ですか、ここ…?」

いままで数多くのトンネルを通ってきたが、こんなのは初めてだ。
壁はところどころ岩壁がそのまま露出しており、路面は“火災が起きて燃えたらいけない”ということで
アスファルトではなく全線コンクリート。おかげで車体は終始ガタガタと揺れる。

「ここはな、昔この先にあるダムを建設するための作業用トンネルだったのよ。いまは観光地用にシルバーラインなんて名前が付けられて、ある程度走りやすくなってんだけどね」
写真はストレートだが、トンネルらしからぬ急カーブもところどころにあり。それを、昔トンネル建設を手伝ったなんて言うおじちゃんは、慣れたハンドルさばきでクリアしていった。

数ヶ所に設置された外界との出入口からは湿気が舞い込み、それが洞内の冷気で冷やされて濃霧を作り出す。それをいくつか抜けると、先の話の通り奥只見ダムへ飛び出た。

けっこう高地らしく青々とした森に囲まれる奥只見湖。近くに「秘境 奥只見」なんて看板も。
確かに奥まった場所だが、実際はレストハウスがあったりしてけっこう観光客がいた。

ひととおりダム見学を終え、またあの長いトンネルかと思っていると、「今度は、トンネル通らないで山肌沿いに降りてくよ。」とおじちゃん。そうして入った国道352号が、また凄かった。

言うなれば“酷道”だ。道幅が狭すぎるし、そのくせガードレールの下がほぼ崖。これが何kmも続く。先ほどのトンネルといい、一応バイクでも通れそうだが・・・。私なら、オフロードかネイキッド系を選ぶ。

「峠は越えたから、あとはひたすら下りだなぁ」なんて涼しい顔で言うおじちゃん。
わかりづらいが、写真まん中やや下に見える細い線が、これから通る道である。
先が思いやられるが、ほぼすべての山を眼下に見下ろせる景色は圧巻だ。

“もう、おじちゃんのテクに全幅の信頼を寄せよう”と決意し、ひたすら助手席で緑を見つめ始める私。下り始めると姿を現した、越後三山最高峰・中ノ岳がとても綺麗だった。

地元で何十年と暮らしている人でないと、こうしてオススメすることはできないのだろうな。
正直、親戚の家に寄るにあたり“名所情報などない一帯だけど、大丈夫か・・・?”と心配したものだが、今回は幸運にも逆の結果に終わった。
何もないと思える場所に、来てよかった。
何もないと言われる場所にこそ、秘境ってのはあるものなんだから。
心配する必要なんかなかった。

あぁでも、この細い断崖絶壁は心配だなぁっ。おじちゃん、どうか安全運転で・・・!