長崎編 烈風吹き荒ぶ西の果て

文・写真/侍ライダー 木村峻佑

「よっしゃぁーーーー! ついに、本土最西端だぁーーーーー!!」

長崎は佐世保の端っこにある、神崎鼻岬。
ここは日本本土最西端の地である。
最北端の宗谷岬からここまで、本当に長かったぁ…!と、半ば駆け足でモニュメントを見に行く。

「うおぉおおーー! おお…お………」
…メチャクチャ目の前に島見えるやんけ。

分かってる。
あくまでも日本“本土”最西端なのだから、目の前にある平戸島はそれに含まれない。ここが最西端なのだ。分かってる、分かってはいるのだが…!
やはり端っこを目指したいのは旅人の性。
ロケットⅢに飛び乗ると、平戸方面に舵を切った。

国道204を北上して燃えるような赤が美しい平戸大橋を渡れば、とりあえずはタイヤで行ける長崎最西の島へ上陸できる。
上陸したまでは良いものの、平戸島はけっこう大きい。どこへ行こうか…。
地図を開くと、ここからさらにもう1つ、橋で渡れる離島があることに気付く。平戸島の北西に位置するその名は、生月(いきつき)島。
ここまで来たなら行ってみましょう。

佐賀から長崎に入ったときからそうだったのだが、風が異常に強くなっている。たまたまそういう日なのか、それともこれが九州なのか。
風は平戸から生月へ迫る。つまり、日本の果てに行くほど強くなっていき、300㎏オーバーのロケットⅢが煽られ始める。
車体を斜めに風を制御しながら生月大橋を渡れば、本日2つ目の島に到着だ。

なぜだか南国風の樹木が出迎えてくれる。
その昔、遣隋使や遣唐使が帰国する際、この島を見つけるとホッと一息つけたことから
ここは“生月(いきつき)”と名付けられたそうだ。
そんな外国とも近い場所であるから、長崎の例に漏れずキリシタンが多い場所でもあった。
写真は禁教令によって弾圧される中でも民に教えを説き続け、処刑されてしまった西 玄可氏の墓。
いまではキリスト信者の聖地となっている。

クジラ漁で栄えたという生月の玄関口周辺には、店や住宅、レストラン、教会があって意外と賑わっていたものの、北端を目指して走り出すとあっという間にその活気は途切れる。
やはり風が強いせいなのか、周辺には背の低い草木ばかりが目立ち、風になぎ倒されているものもよく見かける。

御崎野営場なる場所もあったが、お金がかかる(大人1名テント1張770円)ことと
立つのがやっとというレベルの超強風が吹いていたので、大事をとって見送った。
実際、ポールを折りそうなファミリーキャンパー多数。腕に自信のある人は、チャレンジしてみては。

 “止まったら倒れそうだ”と覚悟するほどの風の中、運転に神経を尖らせること30分。
先っちょの大碆(おおばえ)鼻岬に到着する。さてその景色は…

「おーっ、これだよ!これ!!」
これこそ私が求めていた先っちょである。
眼前に見えるのはひたすら、海。島一つない、真に最果てを感じさせてくれる光景。
もちろん離島を含めればもっと果てはあるのだろうが、自分の手足で辿り着くという過程が、やはり感動を極めさせてくれる。
烈風が運んでくる大陸の空気を、思いっきり吸って、名残惜しく吐いた。

帰りは、島の西側を通る“生月サンセットウェイ”を快走する。
右でキラキラ光る海も美しいが、火山活動によってできたという巨大な岩壁にただ圧倒されるばかりである。
ロケットⅢが、初めて小さく感じた。

やはり人里離れた最果てには、旅人の浪漫が詰まっている。
日が暮れ、さらに風が強くなった大橋を死に物狂いで2本渡り、生きてる実感と共にその浪漫を噛みしめた。