広島編 走って歩かないと行けない場所

文・写真/侍ライダー 木村峻佑

オイルが漏れている…。

長崎あたりからずっと、“にじんでるだけだ、にじんでるだけだ…!”と言い聞かせてきたが、トライアンフ広島にてオイル交換をしてもらった際、ついにはっきりと“ガスケット外れてオイル漏れてますね”と指摘されてしまった。
「1ヵ月ほどこれで走れたのなら、あと5,000㎞は大丈夫かと思います。ただ、こまめにオイル残量は確認してくださいね」
旅の疲弊は、確実に目に見える形で現れ始めていた。

「広島では今後どちらへ?」というスタッフとの歓談で、“帝釈峡に行ってみたいんですよね”と返す。
これから寒さは募るばかりで、ともすれば警戒しなくてはいけないのは道路の凍結だ。恐らく余裕をもって山に行けるのはここらが最後だろう。今年の紅葉狩りはまだなのだ。
「帝釈峡より、僕は三段峡の方が好きですかね。ああもちろん!個人的にですが」
と言いつつも、グーグルマップを開いて道案内を始めてくれる。
県東にある帝釈峡と比べて、三段峡は広島市に近いようだ。後日は雨も降るというし、これも何かの縁だ。三段峡に行ってみようか。

そんなわけで国道191号を通って広島の北西へ。市街地が見えるときこそ山は緑一色だったが、
太田川を遡上するにつれ木々は鮮やかにその身を飾り、黄色に赤にと手を振り始めてくれた。

10時、三段峡到着。
聞いた話では渓谷をひたすら歩くそうなので、平日で人がまばらなのは助かった。
全長16㎞の全てを歩くわけにもいかないので、今回は南端からエントリーして『黒淵』なる場所を目指す。それでも片道50分かかるそうだが。

遊歩道は断崖に沿って設置されており、ところどころ崖を石橋でつないでいる箇所もある。
雄川の滝ほどアップダウンは激しくない気がするが、油断すれば冗談じゃなく命に関わる大怪我をしそうである。
そんなスリルを楽しみながら、こちらの姉妹滝などを拝見して進む。

ちょうど谷間に陽光が差し始め、閉ざされていた草木の息遣いが再び開いていく。
肥沃な大地から吸い上げた何がしかが植物を通して空気中に発散され、それを肺いっぱいに吸い込みながら、顕然と姿を現した白壁を眺める。
歩くのが、全く苦じゃなかった。

ちょくちょく立ち止まったりしたので、目的の黒淵に着いたのは1時間半後。
屏風岩に挟まれた文字通り黒い淵のほとりには棒がぶら下げてあって、その脇に“渡し舟をご利用の方は棒を2~3度軽く引いて―”と書かれている。

棒をぶら下げている縄は向こう岸まで続いているようで、なるほどこれを引っ張ると揺れが伝播し、合図になるようだ。
ほどなくして船頭が見えてきた。

小舟だから、結構揺れるのかと思いきや、波立たぬ淵ということもあり、船はすぅっと滑るようにして湖面を進んでゆく。
深いところで水深6m。
光が吸い込まれる岩陰の湖底に飲み込まれそうになっていると、「振り返ってください。ここがいちばんの景勝ですよ」との声が。

「おぉ…」
これは、1時間半歩いてきた甲斐があった。
岩の陰影、モミジの赤青緑を映す鏡淵。
微動だにしないこの世界にいると、こちらも思わず息を止めてしまう。
“こういうとこがあるからホントに、走るのも歩くのも止められないんだよな…”

対岸には渓谷唯一の茶屋があり、そこで山女の塩焼きをいただける(定食で1,000円)。
少しばかり失った塩分をそれで補充しつつ、“さて、また歩いて、走りますか”と帰り道に想いを馳せるのであった。