愛媛編 海越しに見る足跡

文・写真/侍ライダー 木村峻佑

冬ってのはいいもんだ。

佐田岬半島の根本、伊方の室鼻公園にテントを張り、夜を過ごす。
ここはプールが設けられた市民憩いの公園なのだが、当然この時期にそれが利用されることもなく。寒期は、無料のキャンプ場として扱われているようだった。

辺りにあるのはミカンの段々畑のみで、聞こえるのは鳥と虫の声だけ。キンと冷えた一帯の空気が、孤独感を増幅させて対岸の光を眩しくさせる。
だけど、その上の星空を眺められるのは、きっと闇で寝る旅人の特権なんだろうなぁ…。

翌日。
テントを撤収し、ロケットⅢに火をくべて国道へと合流する。
本日はこの半島、ひいては四国の最西端、佐田岬へ行ってみようか。

地図で見ていただけるとわかると思うが、佐田岬半島は日本一の細長半島。
主要道路たる国道197号は海を臨める快走路で、この先に街もないためか車通りも少ない。
道路に施工されたメロディーロードで“海”を聴きながら、頭を空にして突端を目指す。

国道197は三崎港で終了(実際は海路に続く)するが、まだまだ佐田岬は先。
ここから県道256号を使うことになるのだが、はてさてその県道のクオリティは…。

…まぁ、舗装されているだけマシだろうか。しかし、道幅は当然のごとく車1台分+α程度で、そのくせRのキツいカーブや傾斜も多い。

そんな場所なのに、民家やミカン畑があるのが不思議でたまらなかった。愛媛県民のミカン栽培欲求は相当なものらしい…。

30分ほども走ると、ようやく開けた駐車場―佐田岬に到着した。

「この景色…」
駐車場から岬の突端が見える、このロケーション。似ているな、佐多岬と。
ものすごく間違えやすいが、鹿児島にある本土最南端は佐“多”岬、こちらは佐“田”岬である。この区別ができるようになれば、君も一人前の旅人に一歩前進だ。

突端近くまでは遊歩道が続いているので、ロケットⅢを休ませ脚を働かせる。

道は大きく下って大きく上がる、足に応える谷状の形。
大半はグネグネとひん曲がった枝が頭上を覆っており、岩肌には時折石段が、路傍には荷車がいくつか放置されている。
旧日本軍の石造り倉庫などもあり、往年の人々の思念が今も残っているようだった。

30分ほどヒーヒー言い続けると、佐田岬灯台に辿り着く。
その下には、ちょっと控えめに“四国最西端”の碑が。

「うわ~~!九州すぐそこじゃん…」
目の前に見えるのが恐らく高島。その先で霞んでいるのが、大分の地だろう。
懐かしいなぁ。
旅に出る前は、豊後水道を使ってあそこからここまで来ようとか考えてたっけ…。

つい数週間前まであそこにいたと思うと、不思議な心地である。
あんなに走ったのに、見ようによってはまだ全然離れていない。日本は広いといえばいいのか、狭いといえばいいのか…。
それでも海を隔てているだけで、我々ライダーにとっては絶対的な距離を感じる。
“九州、楽しかったなぁ…”
生月島、阿蘇、湯布院…。唐突に思い出が胸の奥を往来し始める。一ヵ月もいれば、故郷でなくとも想うところはあるものだ。
「でももう、そう簡単にはそっちへ行けないんだよ…」
多分、“次”がない限りは。

見納めであろう九州の地に、2、3度軽く手を振って。踵を返した。