岡山編 ナイトデート

文・写真/侍ライダー 木村峻佑

桃太郎伝説で有名な吉備津には、“鼻ぐり塚”なる場所がある。
鼻ぐりというのは牛の鼻に通されているあの輪っかのことで、そこは全国各地から送られてきた家畜たちの“形見”が山積みにされている場所なのだが。

「なかなか…。迫力があるなぁ」
石垣の上に見える色とりどりは、すべて鼻ぐり。いったい、何千、いや何万頭という家畜たちがここに眠っているのだろうか。

他の命を食わねば、自らの命を紡げない。
わかっていたつもりだったが、やはりこうして目に見える形で見せつけられると、胸にズンとのしかかるものがある。
護摩木を奉納し、彼らの鎮魂を祈って。

「さて、牛丼食いに行くか」

ブラブラしながら倉敷まで南下し、すき家で牛丼と豚汁を平らげる。
駐車場で運よく地元のハーレーライダーに話しかけられたので、町の見どころについて聞き取り調査。
「あ~。倉敷といったら、やっぱ美観地区と、あと工場地帯じゃないかな。鷲羽山(わしゅうざん)なんか、けっこうバイク乗りが走ってるよ」

というわけで、鷲羽山スカイラインへ。

麓からだと高い山に見えなかったが、いざタイヤを載せてみると空へと続くワインディングが楽しめる鷲羽山。
ほどよいカーブあり、アップダウンあり、紅葉があって、渋滞はなし。隠れた快走路ではないだろうか。
水島展望台から眺める水島工業地帯。
なるほど確かに壮観で、北九州ほどの迫力はないけれど、遠く広島まで見えそうな地平線が痛快である。

「これは…、夜も期待できるんじゃなかろうか」
最近は旅の疲弊も積もっているし、もう今日は倉敷で宿でもとって、夜の景色を楽しんでしまおうかな。
ちょうど聞いていた美観地区にゲストハウスがあったこともあり、日が沈むまではそこで暇をつぶすことにした。

倉敷川を挟む、倉を主とした歴史的建築群が眩しい美観地区。テレビで見たことがある人もいるのでは?

関ケ原の合戦以降この地は徳川幕府の直領となっており、
大坂冬の陣の際に兵糧を送り出すために陣屋化されて以来急速な発展を遂げ、1642年には倉敷代官所となったそうである。
ここは残存する最古の紡績工場の一つ、倉敷アイヴィースクエア。

コロナ禍だから、かえって皆週末を避けているのだろうか。平日だというのにけっこう観光客がいる。手をつなぐ熟年カップル、男女入り混じった大学生の集団、結婚式用の写真を撮る新婚夫婦とスタッフたち…
「フ……目につくな」

ま、羨ましくなんかないさ。私には、この相棒が居てくれれば十分である。

さすがに夜の走行は冷えるので、この旅で初めて電熱ウエアを引っ張り出し着装する。ロケットⅢのUSB電源にコードを繋ぐと、電気に変換されたロケットⅢの鼓動が、ウエアの中で熱となり、肌をじんわりと温めだした。

「感じるぜ…お前の体温」
街灯のない鷲羽山スカイラインを再び駆け上がり、ナイトデートと洒落込んだ。

おぉ…いいじゃない。

冬のイルミネーションが綺麗なのは、人が明かりに安心感を覚えるからだという。
函館や長崎ほどではないにしろ、山の闇を切り裂いて目に飛び込んでくる幾千もの光は、ため息を漏らすのに十分すぎる荘厳さだった。

隣には苦楽を共にしてきたバイク。幸せなものである。
思えば、決して短くない旅路だ。走れなくなるような故障があってもおかしくはないのだが、こうしていま、一緒に感動を分かち合えていることが、ただただうれしい。
「オイルは漏れてるが…なんとか一緒に帰ってくれよ、ロケットⅢ」
何組かのカップルが感嘆をあげている展望台で、一人、バイクに話しかける影がそこにはあった。