奈良編 虎の威にあやかりに

文・写真/侍ライダー 木村峻佑

「うおぉぉぉぉ~! 登れ 登れ 登れ 登れぇぇぇー!」
信貴山(しぎさん)の麓の坂を、1速で登る。

大阪のトライアンフに持ち込んでみたロケットⅢだったが、案の定得られた回答は「ギヤまわりだと2ヵ月以上はかかってしまいますかと…」というものだった。
腹をくくり、ギヤ抜けが頻発する愛車で奈良県へと歩を進めることになった。

信号明けのたび、ニュートラルから2速に入れられず度々空吹かしが行なわれてしまい、周囲からの視線が痛い。4速もアヤしいので、1・3・5速でノッキングを起こしつつなんとかやりくりするしかない。
恐ろしいのは、ギヤ抜けによってトラクションがなくなり転倒の恐れがあるカーブと、2速が使えない上り道だ…。

そんなこんなでヒィヒィ言いながら辿り着いたのは、信貴山にある朝護孫子寺。
奈良と言えば数多の寺がある荘厳な県(というイメージ)。東大寺や法隆寺にももちろん行ってみたいが、メジャーどころばかり行くのもなぁ……と思って、変わり種を手に取ってみたのだが。

「ちょっと変わり種すぎたかなぁ…」

入口で参拝者を迎えてくれるのは、西の守護神である白虎様。
「ん、虎……これ?」
あくまで私個人の感想だが、どちらかといえば中国や台湾のような様相に、ちょっと気後れしてしまう。

さらに境内にあるのは、『世界一福寅』なる赤べこっぽいモニュメント。
うーん、何だろうこの気の抜けるような…。うーん……

訪れたのは、ちょうど紅葉が見ごろな季節だった。石造りの緩やかな坂を、のんびりと上っていく。

ここはかの聖徳太子が、朝敵・物部守屋を討伐する際に戦勝を祈願した山なのだそうで、彼の頭上に毘沙門天が降り立ち、必勝の秘法を授けた…という伝説があるらしい。
その時がちょうど寅年、寅の日、寅の刻であったから、境内には虎のモニュメントがひしめいている訳なのである。

聖徳太子といえば長い帽子と笏(カンペ棒)を持ってのっぺりと佇んでいるあのイメージだが、
こんな勇壮な姿は見たことがあるだろうか。
“信ずべき、貴ぶべき山”として、加護をくれたこの山を信貴山と名付けたそうだ。

奈良といえば鹿が練り歩くのんびりとした印象を持っていたが、よく考えてみれば寺が多い…ということは修験を積む僧が多いということであって、太子にように戦祈願をする人も多かった、割かし厳格な地域であったのかもしれない。
そう思い立ってみると、本堂へと向かうこの身も自然と引き締まる。

本堂には聖徳太子が作ったという毘沙門天王の御尊像が祀られており、訪れた人はその御尊像の目の前の畳まで上がって、お詣りをすることもできる。
それもありがたいことなのだが、個人的に気になっていたのはここの“戒壇巡り”である。
なんでも本堂の地下には如意宝珠なる宝物が安置されていて、それをしまっている扉の錠前に触れると御利益があるそうなのだが…。

「では、絶対に右手は壁から離さずに、進んでくださいね。」

その戒壇というのは、光の届かない深淵の地となっているのである。
冗談じゃなく何も見えない、音も聞こえない、距離感も何も全くわからない状態で、掌大の錠前を手探りで探す…。
暗所恐怖症な人には絶対にお勧めできない行ないであるのだが、今の私は、やらなければいけない気がした。

“装備もバイクもボロボロ……。まさしく真っ暗闇なこの現状。でも、だからこそ、その中で光を見出すことができれば…”

ぶっちゃけて言うと、私も暗闇が得意な訳ではないのだが、意を決して、足を、肩を、頭を。底知れぬ暗闇の中に、沈めていったのであった。