山梨編 星の光、人の光

文・写真/侍ライダー 木村峻佑

私が初めて富士山を見たのは、小学生の時分だった。
「富士山が見たい」と母にねだって、福島からクルマで連れて行ってもらったのだ。
だが、いざその姿を見たときの感想はイマイチなものであったと覚えている。

「なんか、もてはやされているお姫様ってカンジ」
均整がとれすぎている。見た目が良すぎ、面白みがなさすぎ。
磐梯山の方が、よっぽどカッコいいじゃないか。

東京に出て、山梨へツーリングによく行くようになってもその気持ちは残り続けたが……。やはり、全国を回って変わったのだろうか。

「やっぱ良いなぁ、富士山って…」と、呟いている自分がいる。

“世界遺産 富士山”
と誇らしげに掲げられた案内板に、「噴火を繰り返す富士山を神が宿る山として~~」という一文があったのを見て、気付いた。
幾度も噴火を繰り返すという荒行を重ねた結果、あの端正な姿を得た富士山というのは、まさしく修行者の鑑ではないだろうか。どおりでいまになって、うやうやしく感じるのも納得できる。

この旅を経て、私も少しはあの姿に近づけているのだろうか…?

その日滞在したゲストハウス『K’s House Fusi View』からも、その雄大な姿は余裕で確認できた。
山っていうのは良い。琵琶湖や沖縄の海とは違って、比較的多くの人がどこに家を建てても、その姿を拝められる。
だから信仰が厚いのだろうか。

もう暖かくなってきた季節にこのようなことを白状して申し訳ないのだが、山梨に入ったのは年の瀬のクリスマス真っ只中であった。
凍えた体を山梨名物・ほうとうで温めていると、店内にいるお一人様が私だけであることに気付く。

「む……私もなにか、クリスマスっぽいことをしてみたいなぁ」
一人でも楽しめることって……と考えて、浮かんだアイデアを実行するために日が暮れるのを待った。

16:00前。
不調のロケットⅢを置いて、富士急行線の終着点・河口湖駅にやってきた。電光案内板に“新宿行き”と映した高速バスを見て、「ああ、もう東京はすぐそばなんだな」と感慨にふけりながら、私はというと山中湖行きの循環バスに乗った。

それから40分ほどバスに揺られ、『花の都公園』停留所で下車。そこに、私が楽しみにしていた景色があった。

「おお~~イイねぇ!!」
私がどうしても見たかったもの。それは、イルミネーションである。

造形に凝ったライティングが、花のない花の都公園を煌めかせている。
私の旅において、夜間はテントでずっと待機するのみであったから、一度はこういうものに目を輝かせてみたかったのだ。

誰もいない広場で見上げる星空も良いが、人が生み出した光っていうのも、イイ。
なんというか、寂しい感じがしない。
テントの前で星空を見上げるあの時間、あれはダメだ。いつまででも見られる反面、その美しさがどこか久遠にありすぎて、自分が孤独に思えてどうしようもなくなってくる。

「帰ってきたんだなぁ…。寂しくない場所に」

別に、人里離れた山奥にばかり行っていた訳ではないし、各所で交流を深めた人たちもいる。
でもやっぱり、見知った土地というのは安心するのだろう。いままでずっと険を張っていた表情筋が、光を浴びてやっとほぐれた気がした。

「そうだ、この感情、大切な人と共有せねば!」
帰り道、コンビニでいちばん安いワインとケーキを買って、ゲストハウスに帰ってくる。

屋外で飲み食いするクセは、しばらく直らなそうである。
「ここまで来られたことを祝して! 乾杯!」