神奈川編 終わる365日

文・写真/侍ライダー 木村峻佑

富士五湖がひとつ、山中湖から県境をまたいで神奈川県相模原に至る国道413号、通称『道志みち』。
渋滞が起きにくいひっそりとした立地の道路は、付近のライダーたちに名の知れたツーリングロードである。
“ココ”という景勝地こそないが、清流と深緑を眺めながら走り抜けられる、緩すぎずキツすぎずのカーブ群。道路沿いには、キャンプ場や温泉が散在しており、中間地点には道の駅もある。片道2時間弱で走破できる手軽さも、また魅力であった。

恐らく、私がツーリングで一番走り込んだ道である。

「ついに、だな……」
神奈川県の標識をくぐると、少々傾斜と曲率がキツい区間に差し掛かる。
ギヤチェンジすらままならないバイクでそこに挑むのは、少々無謀といえる行為ではあるが……実際は問題なかった。
「この坂路の先は右直角、その次ヘアピン、ストレート…」
この辺りのコースは頭に叩き込んであるから、余裕を持って予備動作を行なえる。

すれ違う際に手を振ってくれるライダーたちが。
雲一つない水色の空が。
燦然と輝く太陽が。
私たちの帰還を祝福してくれているように思えてならない。

それはまさしく、私にとっての“トライアンフ”であった。

2020年12月27日12時11分。風来記始まりの地・淵野辺駅へ戻ってくる。
数多くの人の助けもあって、無事日本一周達成だ。だが、旅はもう少しだけ続く。

相模原から南下し、湘南へ。そこから海沿いの快走路『西湘バイパス』を使い、一気に西は小田原方面へ移動する。
国道135号へ合流すると、かねてからどうしても行きたかった場所、真鶴半島が見えてきた。

伊豆半島の右にちょこりと飛び出た、小さな半島。
ほとんどの人は伊豆へ遊びに行ってしまうから混雑することがなく、私のお気に入り、心落ち着く憩いの場所だった。

商店街を抜け、港を横切り、突端の真鶴岬を目指す。
その直前の自然公園で、思い出の場所に辿り着いた。
「懐かしいなぁっ…!」

1年前。旅に出る直前にも、私はここに立っていた。来る長旅が成就するよう、祈願するために。
「年末に仕事辞めて、バイトして。旅に出て。あれからもう、1年も経つのか…」
いや、まだ1年か。この1年は、間違いなく私史上最も長い1年だった。

あの頃と比べて、私は強くなれたのだろうか。

真鶴岬の沖には、『三ツ石』という海神様を祀った景勝地がある。
岬の下に下りて、波打ち際に座り込みそれを眺める…というのが、私の恒例行事だった。

「よいしょっと。」

「道志も通れたし。これで、悔いはないなぁ」
潮臭くさすぎない、心地いい太平洋の風が頬を撫でてくれる。
「あとちょっとで……」

あとちょっとで。
そう、呟くと、不意に口が閉じてしまった。後の言葉が、紡げない。

あとちょっとで。
終わり。

「…なんだよなぁ」

いまだから正直に言ってしまうと、ツラくてツラくてしょうがない日もあった。
なまじ“1年かけて全都道府県を周る”と誓っていた分、余裕がなくなったら帰るとか、中断するとか、そういう妥協はできなかった。
自分で旅に出たはずなのに、自分に強制されて旅を続けていたような。まさに、旅行ではなく旅であった。
だから、“早く終わらねーかなぁ”なんて、何度となく思ったものである。
…思ったものである、筈なのだが。

「もう、自販機のジュースが死ぬほど美味い!って感じることもないんだろうなぁ」
「数日ぶりに温泉に入って、フゥっ、って一息つくのも」
「野宿場所を見つけて、ホッとするのも。そんで、テントを張っているころに“夕焼け小焼け”とかがスピーカーから流れてきて、ジンとするのも…」

もう。もう。
「………!」
終わりなんだよなぁ。
涙が一筋、頬を伝った。

もう知らない絶景道を走って思わずニヤけちゃうのも、夢にまで見た景色を見て泣けちゃいそうなほど感動するのも。見ず知らずの誰かと話せて、励まされて、うれしくなって堪らないのも。
……終わりなのである。

無論、旅になんてその気になれば何度だって出られる。
だが、私にとっての人生初めての大冒険は、この日本周遊の旅は、もうこれで、文句なしに一生に一度きりで、終わってしまうのである。

「あ~~、ダメだ……」

声を出して泣く術など知らないから、ただただ苦虫を嚙み潰したような変顔で、眼をにじませる時間が数分続いてしまった。
両頬を、掌でパンと叩く。
「泣けるほど良い旅ができたってことだ!」

終わらせよう。
良い旅だからこそ、きちんと幕引きをしてやらなければならない。
きちんと終わらせて、想い出を噛みしめて。
それを力にしてまた、次を始めればいいのだ。
人生という旅は、前にしか進めないのだから。