“ガス欠”夏物語。

この夏、知人から譲り受けたカワサキ「W3」。
ずっと憧れていたバイクとの生活に心は踊るが、
やはり付き合いはじめというのは、いろいろあるもので・・・。

気温35℃。ガス欠。
さあ、どうしようか・・・。

兆候はあった。
アイドリングが不安定で、信号待ちではアクセルを軽く煽っていないと止まりそうだったし、アクセルの開けはじめで、プスンプスンとエンジンにガスがいってないような音がしていた。でも、たぶんこの“暑さ”のせいだろうなぁ、と思っていたのだ。

運河にかかる橋の頂点あたりで、ついにエンジンが止まった。そのまま惰性で下り、信号の手前でバイクを路肩に寄せた。ギアをニュートラルに戻してキックペダルをえい!と踏み込むが、エンジンはかからない。2度、3度と踏んでみるが、かかる気配がない。

これはちょっと時間がかかりそうだぞ・・・と諦めて、バイクを歩道に上げた。念のため、ガソリンタンクの中を覗いてみると、えーっ! どうやらガソリンが空のように見える。車体を左右に振ってみるが、チャポンとも言わない。

うーん、ガス欠、か・・・。

最初にガス欠を疑わなかったのは、このカワサキW3が満タンで約200kmは走り、そこからリザーブタンクに切り替えればさらに50km近く走るはず、と思っていたからだ。実際、岡山から東京まで走って帰ってくるときは、それぐらい走ったのだ。

いま、W3のトリップメーターは「151km」を指している。あと50kmは走れる計算だった。だがそれが間違っていた(ということに後から気づいたのだが)。
この数日、東京は(というか全国的にだが)最高気温が35℃を超える猛暑日が続き、僕はその酷暑の中、W3で込みあった都内および近郊を走りまわっていた。あまりに高い気温は、燃費を劇的に悪化させる。特にW3のような旧いバイクではそれが顕著なのだ。

そして、僕はもうひとつの「間違い」も犯していた。燃料タンクからキャブレターに送られるガソリン経路をオン/オフする燃料コック(現代のオートバイにはないものだが)を、「リザーブ」つまり予備タンク側に回していたため、ガソリンをすべて使い切ってしまったのだった・・・。

旧いバイクは、停車中のガソリン漏れを防ぐため、駐輪するときには燃料コックを「オフ」にする必要がある。その際、コックのレバーは地面に対して平行、つまり横向きだ。そして再び始動するときはコックを「オン」にするのだが、レバーの位置は上向き、または下向きにしなくてはならない。どちらかが「オン」でどちらかが「リザーブ」なのだが、つまり僕はそれを逆に覚えていた。

だから、本来「オン」の位置でガソリンを使い切ってしまった場合は、コックを「リザーブ」に回せば予備タンクのガソリンで走れるのだが、あらかじめコックを上に向け、リザーブのガソリンを使う状態で走らせていたため、気づいたときにはもうタンクはカラカラになっていた。

ということを理解した僕は、バイクを道の端にわずかにできていた日陰のエリアに移動させた。

さて、どうするか・・・。

『COOL』のメンソールをポケットから取り出して、とりあえず一服しながら考えよう。

なんて片岡義男の小説のように振る舞えればカッコいいのだが、あいにく僕は大昔に煙草をやめているし、35℃の陽射しは既に身の危険を感じさせるレベルだ。急いでiPhoneを取り出し、Google Mapで「ガソリンスタンド」を検索する。

右方向700m先に出光。直進方向800m先にエネオス。

出光のある方向を見やると、そちらは緩やかだが長い上り坂が続いている。どうやら100m遠くても、エネオスを目指すほうがよい、という結論に達した。

約50年前に製造されたバイクであるW3は、あらゆるパーツが“鉄”でできている。その「重厚感」こそが現代のバイクにはない魅力なのだが、いざ“押し歩く”ということになると、話は別だ。当然、重い・・・。

エネオスまでは概ね平坦な道だったのだが、この辺りは至るところに隅田川の支流たる水路があり、800mの間に3つの橋を越えなければならなかった。バイクを走らせていれば、気づきもしないような橋だが、230kgの鉄の塊を押して超えるというのはなかなか大変だった。
橋のたもとで一度止まって休み、さあ!と気合を入れて勾配を上り、頂点からの下りはバイクに跨って惰性で降りる。これを3度繰り返した。

Tシャツが別の色に変わるほど、全身にびっしょりと汗をかきながら30分ほどW3を押し歩き、なんとかエネオスにたどり着いた。バイクを押して入ってきた僕を見たスタンドの男の子から、思わず「すごい汗ですね」と声をかけられ、ちょっと気恥ずかしい。

給油のノズルを燃料タンクに差し入れ、ガソリンをたっぷりと満たし、再びエンジンを始動させようとキックペダルを踏み込もうとしたとき、「あ、燃料コックがオフのままだ」と気づいた。

燃料コックのレバーは「下」に向ける。
僕はこのことを、きっと一生忘れないだろう。
この夏の猛烈な暑さとともに。