


東京編 【最終話】風の翔ける先

文/河西啓介(EIGHTH編集長) 写真/安田慎一
1980年代、多くの読者を魅了した片岡義男氏の小説。代表作である『彼のオートバイ、彼女の島』の舞台となった島に、この夏50台のオートバイとバイク乗りたちが集まった。
長かった梅雨が明け、それを待っていたかのように暑い夏がやってきた8月初旬、瀬戸内海に浮かぶ小さな島で、オートバイ乗りによるイベントが行われた。いや、行った。
「彼女の島ミーティング 2019」。作家の片岡義男さんが1977年に出版した小説『彼のオートバイ、彼女の島』のモデル地となった岡山県の白石島に、片岡小説を愛するバイク乗り同士で集まろう、と僕が発起人となり企画した集まりだ。初めて開催したのは4年前、2015年の夏だった。今回は4年ぶり、2回目となる。
『彼のオートバイ、彼女の島』は、音楽大学に通いながらアルバイトでプレスライダーをしている主人公の“コオ”と、瀬戸内の島で育った“ミーヨ”が出会い、惹かれあっていくという青春恋愛小説だ。作中ではコオの愛車である“ダブサン”ことカワサキW3が重要な役を担って描かれる。70〜80年代をバイクに夢中になって過ごした僕ら世代にとっては、まさにバイブルのような作品だった。
じつは小説の中では、ミーヨの島が「白石島」であると明確に書かれている訳ではない。だが片岡さんの写実的に書かれた文章を読み解けば、そこが紛れもなく白石島であることが分かる。なによりミーヨの本名は「白石美代子」なのだ。片岡さんは作品の中でとてもわかりやすい伏線を張ってくれているのだ。
僕が初めて“彼女の島”を訪れたのは2013年夏。「MOTO NAVI」片岡義男特集号の取材のためだった。特に下調べをしたり、取材のアポイントを取るわけでもなく、一人のツーリングライダーとしてふらりと訪れたのだが、小説で描かれていた通り、懐かしい“日本の夏”が凝縮されたような素朴な島の雰囲気と風景に僕はすぐに魅了された。『彼のオートバイ、彼女の島』を読んだ人たちにも、ぜひこの島を訪れてもらいたいと思った。
そして「カワサキのバイクに乗って島に来た旅行者がいる」と聞きつけ、僕の泊まる民宿を訪ねてきてくれた“原田 茂”さんとの出会いが、「この島で集まりたい」という思いつきを実現するきっかけとなった。原田さんはこの島で民宿を営み、観光協会の理事も務めていて、なによりオートバイと片岡義男さんの小説を愛していた。
そして2年後の2015年夏、僕らは白石島で「彼女の島ミーティング」を行った。8月最初の土曜に行った前夜祭では、島のビーチに設営したスクリーンで『彼のオートバイ、彼女の島』の映画を上映した。星空の下、波の音を聞きながら作品を観る。このうえなくロマンチックな経験だった。
そして翌日曜日に行ったミーティング。とはいえ特にイベント的な催しがあったわけでない。片岡小説を愛する者同士で集まり、語り合おうというだけだった。とにかくこの島に来てもらいたい、“彼女の島”を感じてもらいたい、というのが目的だったから。それでも各地から50名ほどのバイク乗りたちが、フェリーで海をわたって集まってきてくれた。
特別な催しはない、とは言え土曜夜の映画上映、日曜にはプロライダーを招いてのトライアル・デモンストレーションと、多少なりでも集まった人々を楽しませることができたのは、ひとえに原田さんと島の方々のおかげだった。言い出しっぺである僕がしたことといえば、思いを伝え、参加者を募ったことだけだ。自分自身、一人の参加者としてイベントを心から楽しませてもらった。
この夏、僕の心の中にふたたび“あの島に行きたい”という思いが募った。「またみんなで集まりたいのです」と原田さんにメッセージを送ると、すぐ「待ってましたよ」という返事が返ってきた。そして8月最初の週末、あれから4年ぶりに「彼女の島ミーティング 2019」を開催することになった。
東京から岡山県笠岡市までは約800km。笠岡の港から島まではフェリーでわたる。決して「ちょっと行ってみようか」という距離ではない。しかも前回は『MOTO NAVI』という雑誌で告知をしたのだが、今回のミーティング開催を案内したのは僕のSNSのみ。それもほんの1ヵ月前だった。
今回、僕は神戸まで電車で行き、バイクショップでレンタルしたカワサキW800に乗って白石島を目指した。この日、関西地方の最高気温は35℃を超えていた。灼熱と言っていいほどの強い日差しが照りつけるなか、バイクを走らせてたどり着いた笠岡港のフェリー乗り場には、すでにたくさんのライダーとオートバイが集まっていて、僕はとてもうれしくなり、そしてホッとした。
白石島は4年前と何も変わらない優しさと美しさで、僕らを迎えてくれた。土曜の前夜祭では前回と同様、みんなでバーベキューを楽しみながら、浜辺に設置したスクリーンで映画を上映した。「PAを用意したから、音楽もやろうよ」という原田さんの提案で、アコースティックギターと歌によるちょっとしたライブなども行った。僭越ながら僕も『スローなブギにしてくれ』『真夏の果実』など数曲を歌わせてもらった。
そして日曜日、浜辺には色とりどりのオートバイがずらりと並んだ。年式もメーカーも車種もバラバラな、しかし片岡さんが描く小説の世界に惹かれて集まったライダーと約50台のオートバイが“コオとミーヨの島”に集まったのだ。
今回も原田さんが呼んでくれたプロライダーによるトライアル・デモンストレーションが行われたが、それ以外、やはり特別な催しはない。しかしここには片岡小説に描かれた “あの夏”が、いまも変わらずにあって、それだけで十分だった。きっと集まったバイク乗りたちも、そう思ってくれたはずだ。
次の“彼女の島ミーティング”はいつ行われるのか? それは僕やここに集まった仲間が、ふたたび“あの夏”に逢いたい、と願ったときになるだろう。「彼女の島」はきっと変わらず、僕らを歓迎してくれるに違いない。