


東京編 【最終話】風の翔ける先

文・河西啓介(EIGHTH編集長) 写真・長谷川 徹 協力・ヤマハ発動機
ヤマハのアドベンチャーモデルの代名詞である「Tenere」。日本での発売が待ち望まれているその最新モデル「テネレ700」でヨーロッパ、そしてアフリカを走るという機会を得た。全行程2,200kmにおよぶグランドツーリングのプロローグに代えて、EIGHTH編集長カワニシが今回の旅に至るまでのストーリーを語る。
10代の半ばから30年余り、仕事、そしてプライベートでさまざまなところを走ってきた。だが今回、これまでで最も長い距離、そして未知の場所を走るバイクツーリングに出かけることになった。
行き先はアフリカ大陸の北端に位置するモロッコ。アフリカ、アラビア、ヨーロッパの文化が混ざりあったエキゾチックな国だ。
なぜモロッコを目指したのか? 話は2カ月ほど前にさかのぼる。
バイク仲間であるフォトグラファーの桐島ローランドと2人で「ヤマハのバイクで世界をめぐるツーリングに行きませんか」というオファーをもらったからだ。
ヤマハはかつて1980年代、『55mph(55マイル)』という冊子を制作していた。いま40代以上のバイク乗りなら記憶している人も多いはずだ。「MOTORCYCLE UTOPIA(モーターサイクル・ユートピア)」というコンセプトを掲げたこの冊子は、世界のさまざまな場所にオートバイで出かけ、そこでしか撮ることのできない写真を大胆にレイアウトし、そこでしか得ることのできない経験、体験を文章にして添える、今思えばじつに贅沢な紀行記事をメインコンテンツとしていた。
今回、僕らに託されたのは、それから30年以上が経ち、2020年を目前に控えたいま、『55mph』の世界観へのオマージュを込めて、あらためてモーターサイクルの持つ夢やロマンを表現するということだ(そう僕らは受け取った)。
世界を走り“モーターサイクル・ユートピア”を体験する。
イメージとして浮かぶの場所はアメリカ、ヨーロッパ、あるいはオーストラリアなどだろうか。あえてアジアやインド、という手もないわけではないが・・・。
海外での生活、旅行、ツーリング、すべてにおいて僕より遥かに経験値の高いローリー(桐島ローランド)に「どこに行きたい?」尋ねたところ、彼が提案したのは「ポルトガルの首都リスボンをスタートし、スペインを経由してジブラルタル海峡をわたり、アフリカ大陸のモロッコへ至る」というルートだった。
実はこのルートには、ローリーの“想い”が込められていた。
彼は2007年、“パリダカ”の通称名で知られる「ダカール・ラリー」に一度だけ出場し、見事完走を遂げている。その時のスタート地がリスボンであり、ジブラルタルをわたりモロッコ、そしてセネガルの首都であるダカールに至るというコースだった。
日本に先がけ欧州で販売されている新型テネレ700で、そのルートをなぞるような旅をしたい、というのが彼の考えだった。
ヨーロッパから、海をわたりアフリカ大陸へ。それはとても魅力的だったし、なによりダカール・ラリーをたとえ一部であっても感じられる(もちろんルートは異なるが)というのは“モーターサイクル・ユートピア”というのに相応しい体験であると思えた。
僕はもちろん賛成した。その後、スタッフみんなであらためてスケジュール、アクセス、ルートなどを検討し、リスボンにあるヤマハ・モーター・ヨーロッパ(YME)でテネレ700をピックアップしてスタート。スペインに入って地中海に面した港町タリファからフェリーでモロッコに渡り、あちらを3日ほど走ってから、再び船でスペイン、そしてリスボンへと戻るという計画を立てた。
オートバイに乗るのは正味6日間、その間にダートを含んだ約2,200kmを走るというハードなグランドツーリングだ。
今回の旅を「テネレ700」で走るということにも、大きな意味があった。
アフリカの言語で「何もないところ」を意味する“Tenere”のオリジナルモデルが登場したのは、1982年秋のパリショー。オフロードモデルのXT550をベースに、30Lの大型タンク、ヤマハオフロード車初のフロントディスクブレーキ、モノクロスサスペンションなどを装備したXT600テネレは、まさにパリダカを走るために生まれたバイクだった。
以降「Tenere」の名前は、ヤマハのアドベンチャーモデルの代名詞となり、連綿と受け継がれていく。
それゆえ名前を受け継ぐ最新モデル「テネレ700」にとって、アフリカ大陸というのはまさに“ルーツ”と言える場所であり、テネレ=パリダカマシンというイメージが深く刻まれた僕らにとっても、それは特別な体験になるに違いなかった。
そして12月初旬、僕と桐島ローランド、そして取材クルーを乗せたブリティッシュ・エア504機はリスボン空港へと降り立った。いよいよここからポルトガル、スペイン、モロッコをめぐるテネレ700での旅が始まるのだ。
このグランドツーリングの全貌はおそらく、3月に開催されるモーターサイクルショー、あるいはヤマハのショップなどで見ていただけることになるだろう。オートバイという乗りものでしか見ることのできない“風景”、この旅の道程で生まれたさまざまな感情を、余さず伝えることができればと思っている。
その“触り”として、旅の印象に残るシーンをいくつかの写真とともに紹介したい。こちらを併せて読み、期待を膨らませていただければ幸いだ。