雑誌は僕の“作品”でもある。
だから“紙”にこだわり続けたい。

イラストレーター GAOニシカワ(西川雅生)

取材・文/松崎祐子

雑誌不況のこの時代にフリーマガジンを作り続けて18年。
イラストレーターであり、『ON THE ROAD MAGAZINE』発行人・編集長でもあるGAOニシカワさん(以下、ガオさん)が紙の雑誌にこだわり続ける理由は?
そして、これから先に見据える自分の将来とは。

EIGHTH:ガオさんがこの『ON THE ROAD MAGAZINE』を創刊したのはいつですか?

2003年、40歳の時です。2000年の暮れまでスポーツ用品やキャラクター雑貨などにまつわるクリエーターとしてメーカーに勤めていました。14年ほどの会社員生活に自分なりの節目のようなものを感じていたこと、そして何より「バイクに乗って、思う存分に気ままな旅がしたい!」という思いが強くなって退職。
2001年にアメリカ横断、2003年にはルート66をシカゴからロスまで走破という2つの夢を実現しました。『ON THE ROAD MAGAZINE』の創刊は、その後の自分のよりどころ作りだったのかも知れませんね。

「車輪とともに生きる人のための元気の素」をコンセプトに、乗り物好き=”Wheel Junkie”のためのライフスタイルマガジンとして2003年12月に創刊。
イラストレーター、デザイナーとして活躍するGAOニシカワさんが中心となって、クルマ、モーターサイクル、自転車や食、ファッションなど、さまざまなカテゴリーの話題を取材し、
フリーマガジン=無料配布雑誌として読者に届けている。年3回発行、発行部数は3万部、全国1,000店以上の配布協力店で手に入れることができる。

EIGHTH:会社を辞めた時点で「雑誌を作りたい」という気持ちはあったんでしょうか?

いえ、まったくなかったですね。会社を辞めたのは、ただバイクでアメリカを横断するためで、雑誌を作ろうという考えはありませんでした(笑)。
子供の頃からクルマ好きで、祖父のところに毎月届いていた『カーグラフィック』を見て育ちました。自動車雑誌が絵本代わりでしたね。その後レースやラリーに夢中だった時期にはモータースポーツ関連雑誌を読み、ファッション誌やモノ情報誌もたくさん買っていました。雑誌は生活に欠かせない情報源でありバイブル、とても崇高な存在だといまでも思っています。

EIGHTH:なぜアメリカを横断しようと思ったのですか? 

ひとつはアメリカのクルマ文化やハーレーが好きだったこと。アメリカに初めて行ったのは20代の半ば、その時は出張だったんですが、想像していたよりもはるかにスケールが大きくて、この国をいつかクルマで旅してみたいなと思いました。
その後も個人旅行で何度か行きましたが、大型二輪免許を取ってハーレーに乗り始め、ハーレーでアメリカを旅してみたいと思うようになって、会社を辞めた翌2001年の春にロサンゼルスに渡ったんです。

『ON THE ROAD MAGAZINE』とイラストレーター・ガオさんの原点はアメリカの旅。
いまでも定期的に渡米、出会ったシーンを切り取って雑誌やイラストというカタチでその空気感を伝えている。(photo: Y.Ikegaya)

EIGHTH:現地でのバイクはどのように調達したんですか?

日本から持っていくことも考えましたが、費用や時間、保険などの面でハードルが高そうなので、現地で借りることにしました。
当時はレンタルバイクのツアーがまだそれほど知られておらず、ディーラーのレンタルの窓口で「2ヵ月ほどかけてアメリカ横断したいからバイクを貸して欲しい」と交渉したら面白がられて、「4週間分のレンタル料と借りる期間の保険料だけ払ってくれたら、その後のレンタル料はサービスするよ。いい旅をしてこいよ!」と応援してくれましたね。

EIGHTH:旅先での出会いがあったんですね。そこから現在につながってくるのでしょうか?

その旅では、具体的に何かしようとかチャンスを掴もうと思っていたわけではなく、単純にロマンチックにアメリカを横断して、旅日記をホームページ上に綴っていました。
まだSNSもブログもなく、ダイヤルアップで更新に苦労するような時代でしたが、見てくれる人がどんどん増えて、旅の最中に応援メールがたくさん届いたり、バイク雑誌からの取材オファーもあったんです。
帰国して、ハーレー雑誌の『HOT BIKE JAPAN』に自分で描いたイラストを添えたアメリカの旅日記を4回にわたり寄稿させてもらいました。愛読していた雑誌に自分の文章とイラストが載るのは嬉しかったですね。その時に初めて“雑誌の仕事”を意識するようになりました。

アリゾナ州、ルート66のロードサイド、古いガソリンポンプのある風景を描いた。イラストに合わせて額も手作りしたのだそう。

EIGHTH:では雑誌をつくるようになるきっかけは? 

自分の本を創刊する一年ほど前、あるバイク雑誌の表紙に僕のイラストを使ってもらったことがあって、それが書店に並んだことがすごく嬉しかったんです。
その感動が忘れられずに、自分の絵を使って架空の雑誌の表紙を作って周りの人に見せたら、いろいろ意見が出てきて、自分の中で“雑誌を作りたい!”という思いがふくらんできたんです。それと、表紙を介して自分の絵を多くの人に届けたい、見て欲しいという思いもありました。

EIGHTH:ガオさんは『ON THE ROAD MAGAZINE』編集長でありながら、イラストレーターでもありますよね。

そうなんです。「表紙の絵も僕が描いています」と言うとよく驚かれるんですが、デザインやイラストも僕の仕事のひとつです。
『ON THE ROAD MAGAZINE』の制作にあたっては、エディトリアルデザインこそデザイナーの力を借りていますが、取材や編集はほぼ一人でやっています。

EIGHTH:それはすごい! ところで『ON THE ROAD MAGAZINE』というタイトルはどんな風に決めたんですか?

「ON THE ROAD」って「道の上で」という意味の他に「旅の途中」という意味もあるそうなんです。会社を辞めてすぐにアメリカに行って、その旅ですごく人生観が変わりました。「旅」や「道」が僕の中で常にキーワードとしてあったんでしょうね。

EIGHTH:なぜ有料の雑誌ではなく、フリーペーパーにしようと思ったのですか?

当時アメリカではポピュラーだったフリーペーパーでやることに決め、創刊号は全部自腹で作るつもりだったんです。
でも、「こんなことやりたいと思ってるんだけど……」と友人や行きつけのバイク関連のお店とかで話したら、みんな面白がって「経費は広告で賄うんだろう? 面白そうだから協力するよ!」と言ってくれて。企画書すらなかったのに、数十万円集まっちゃったんです。

創刊後、折々で多くの人に「有料化するのはどうだろう…」と相談したり、出版社からオファーを頂いたこともありました。
ただ制約が色々と多そうで、書店売りの雑誌では自分がやりたいことができなくなるかもしれない…と。それでフリーのままいまに至っているという感じです。

初期の『ON THE ROAD MAGAZINE』。創刊からしばらくは現在のA4サイズの半分、A5サイズだった。ちなみに創刊号は2,000部、現在の1/10以下の発行部数だった。

EIGHTH:どんなふうに広げていったのですか? 

まったくの無計画でした。最初は2,000部刷って、行きつけの飲食店や協賛してくれたお店、知り合いに配布して。そしたら「面白かった!」とか「次はいつ発行するの?」と、想像以上の反響でした。
余談ですが、本づくりって時には精神的に追い込まれることもあります。そんな時に「毎号楽しく読んでいます!」と読者の方から声をかけてもらうことがあって。そうしたみなさんに背中を押してもらっているから続けられる、というのはありますね。

EIGHTH:現在、『ON THE ROAD MAGAZINE』はどのくらい印刷しているんですか?

3万部刷って1,000店舗以上で配布していただいています。7,000部ぐらいまでは家族や友人の手を借りながら自前で発送していましたが、さすがに労力が大きくなりすぎて、いまは発送業者さんにお願いしています。
当初数字には無頓着だったのですが、僕の思いとか暑苦しいコンセプトを語るより、発行部数や巻末の配布店舗のリストなどを見ていただいた方が分かりやすいのだと、やりながら学びました。

EIGHTH:“出版不況”と言われ、デジタルコンテンツがメインストリームになった時代に紙で発行し続けている理由は?

僕は“紙”が好きなんです。それしかないですね。
子供の頃から雑誌が大好きだったし、いまの僕を育ててくれたのも雑誌なんです。もちろん、WebにはWebの良さや利便性があります。だけど“作品”として写真やイラストを見てもらおうと思うとき、僕としてはPCやスマホの画面ではなく紙の上で見てもらいたい。
『ON THE ROAD MAGAZINE』も自分の作品のひとつだと思っていて、消費されるものをばら撒いているというよりは、作品を作ってそれをみなさんに見てもらっているのだと思っているところもあります。
そんなことも雑誌をつくり続ける原点であり、活力になっているのかもしれないですね。

ハーレーダビッドソンの完全電動バイク「Live Wire」を、神田明神をバックに描いた最新作。

EIGHTH:この先にはどんなイメージを持っていらっしゃいますか?

これまで全ての『ON THE ROAD MAGAZINE』の表紙を自分で描いてきましたが、発行人・編集長と表紙のイラストを描いているアーティストが僕だと、一致してない読者がまだまだ多いのではと思っています。だから、もう少し“イラストレーターとしてのGAOニシカワ”をアピールしてみたい。
去年の秋から、SNSにイラストのアーカイブをアップしています。作品のほとんどは自分で実際に見た風景やバイク、クルマなどを描いているので、作品ごとの制作秘話などのストーリーも添えて投稿しています。

これまで年4回だった『ON THE ROAD MAGAZINE』の発行を昨年から3回にしたのですが、そこには“もっとイラストを描く時間が欲しい”という想いもあるんです。軸足をもう少しイラストに移したり、本づくり以外のクリエイティブも自発的にやっていきたい。
実は、2021年は僕がイラストレーターとして活動するようになって20年の節目。できれば記念になるリアルな展示イベントをやりたいと思っています。
また、これまでイラストの題材はアメリカのネタが多かったんですが、「日本の風景」も描きたいと思っています。周りの活力あふれる仲間たちを見習って、常に新しいことにチャレンジし続けていたいですね。

GAO NISHIKAWA 氏
1963年東京都・目黒区生まれ。
クルマ・バイクを得意とするイラストレーターであり、
フリーペーパー『ON THE ROAD MAGAZINE(オンザロードマガジン)』の発行人、編集長も務める。
アメリカ大陸横断や「ルート66」全線をハーレーで走破。その経験をベースに、アメリカの旅=ロードトリップをテーマにしたイラストを制作。
雑誌、広告をはじめ様々な分野にイラストを提供。今後はいろいろな場所でリアルなイラスト展示も積極的に行っていきたいという。
http://orm-web.net/