バイクを楽しむ人たちのホスピタリティを上げたい

モデル/ライター/モデライダー 多聞恵美

多聞恵美、神戸市出身。父親の影響で幼少時よりオフロードバイクを経験し、10代で免許取得後はモデルやタレントとして活動するかたわら、バイク雑誌「BikeJIN/培倶人」(枻出版)でグルメ&ツーリング記事の連載を開始。現在では企画や執筆も手掛けるなどマルチな才能を発揮。最近ではイベントMCやバイク用品のデザインなど活動の場を広げている。バイクフィールドで活躍し続ける〝モデライダーのモンちゃん〟こと多聞恵美さんにバイクへの想いを聞いた。

EIGHTH:バイクとの出会いは?

父がオフロードバイク好きだったので、小さい頃は「バイクと言えばモトクロス」の印象が強かったですね。3歳から幼児用のQRモトクロッサーに補助輪付けて乗って、というか乗らされて?いました(笑)。そんな環境で育ったせいか、10代で当たり前のように普通二輪免許を取得しました。

EIGHTH:免許取得後の1stバイク、その後のバイク遍歴は?

出身地の神戸はカワサキ(川崎重工業)のお膝元ということもあり、最所のバイクは友人から譲り受けたエリミネーターの125㏄でした。フジコちゃん(峰不二子)への憧れもあってアメリカンタイプにしたんですけど(笑)、車重も軽いし、足つきも良くて乗りやすいバイクでしたね。
その後、「BACKOFF」(フィールド出版)や「BikeJIN/培倶人」の仕事を通じていろいろなバイクに乗りましね。「BACKOFF」に携わった時に購入したヤマハ セロー225が2台目の愛車になりました。2007年に「BikeJIN/培倶人」の誌面企画を通じて大型二輪免許を取得し、ドゥカティ モンスター696 のオーナーに。
乗り始めて思ったことは、「控えめに言って乗りにくい!」。仕事で乗る国産の250㏄/400㏄のマシンがとても乗りやすいせいか、プライベートで乗るモンスターの扱いにくさが際立ってしまって・・・。
しっくりくるようになったのは1年くらい経ってからかな? 扱いにくさや怖さを感じずに楽しいライディングができるようになったのは。同じ頃から他のバイクに乗るときにも余裕ができて、いまから思えばモンスターに鍛えられたおかげかも(笑)。
その後はモト・グツツィV7クラッシック、MVアグスタ リバーレを経て、いまはMVアグスタのブルターレとランブレッタに乗っています。

EIGHTH:バイク関係の仕事をされるようになったきっかけは?

18歳の頃から関西を中心にモデルやタレントのお仕事をしていたんですけど、最初のバイク関係のお仕事はオフロード系の「BACKOFF」でした。林道ガイドのDVDと誌面の企画で、編集さんがバイクに乗れるモデルの女の子を探しているということでお声が掛かって。いまそのDVDを見ると若いというか、初々しいというか・・・(笑)。
その後、モデル関係の先輩仲間から「BikeJIN/培倶人」で西日本ツーリング企画のお話が入り、「是非やらせてください!」って手を挙げました。

EIGHTH:それが「モデライダーのモンちゃん」デビューに繋がる?

そうですね。2007年9月号から、大阪発関西うまいもんツーリング「神戸っ子タモンのうまいもん、好っきやモン!」として連載がスタートしました。当初は西日本エリアの取材で誌面モデルとしてのお仕事だったんですけど、いまでは東日本にもエリアが広がりました。このお仕事をきっかけに、モデルと執筆(ライター)とライダーの「モデライダー」として活動するようになりました。モデライダーって肩書き、自分で名付けておきながら、最初の頃はちょっと恥ずかしかったんですけどね(笑) いまでは多少は浸透(?)してくれているようでとってもうれしく思っています。

EIGHTH:モデライダーとして、どんどん仕事のフィールドが広がっていったと。

「BikeJIN/培倶人」以降、モデライダーとしてさまざまな企画に関わらせていただいています。なかでも印象的だったのは、「レディスバイク」(クレタパブリッシング)の「Discover Japan」というコーナーですね。「うまいもん、好っきやモン!」はグルメを中心に日帰りで取材をすることが多く、同じテーマを取り上げ続けるっていう魅力と難しさを学んだように思います。「Discover Japan」はそれ以外にもその地域の歴史や文化を幅広く取材する企画で、2泊3日くらいのケースも多いせいか、バイク旅について深く掘り下げることができました。
あとは「タンデムスタイル」(クレタパブリッシング)で毎年夏に実施した林道縦断企画かな? オフロードバイクでガチでキャンプしながら、北海道や本州の林道を太平洋側から日本海側まで制覇するみたいな企画で、とても思い出深いお仕事でした。

EIGHTH:ツーリングというか、旅する企画が多いんですね。

そうですね。バイクに乗っていて何が楽しいのかって改めて考えると、旅が好きなんだなと・・・。 私、そもそも旅が大好きなんです。でも、独りで旅を楽しむなら絶対バイク! 自分だけの時間を楽しむことができるから。

EIGHTH:バイクが本当に好きなんですね。女性ライダーとして意識されることはありますか?

タレント活動をしていた時から、女性であることを特別に意識しないようにしていましたし、それはバイクの仕事に絞ってからも変わらないですね。そもそもバイクの世界に惹かれたのも、男性の自由さに憧れを感じたからですし。
自立というか、バイクとの関係を自分自身で楽しみたい。それが女性だからといって、特別な何かを感じることはないかな。とはいえ、女性ライダーとしてバイクを選ぶときの体格のことや、ツーリング時の休憩時間の取り方とか、女性に役立つ情報発信をでしたいとは思っています。
ただ、ことMCの仕事については、女性だからこそ経験を積ませていただけるチャンスが多かったと思います。バイクのステージだと、メインMCは男性で女性はアシスタントという立ち位置が多いので、アシスタントをこなしながらMCの勉強を実地でさせていただけたのかな、と。

EIGHTH:これまでのバイク経歴をベースに今後やっていきたいことは?

やっぱり松下塾ですね。私の人生の大きなターニングポイントのひとつが、バイクMCの先輩・故松下ヨシナリさん(※)に同行した2012年のマン島TTレースなんです。当時は松下さんが公道レースに参戦することに良い印象を持っていなかったのですが、どうしてそんなに?と松下さんが心酔している理由を知りたくて同行させてもらいました。
そこで感じたのは、まず食事と一緒に楽しむワインの美味しさ(笑)。そして、何事も実際に行ってあるいはやってみないとわからないということ。公道レースへの理解、松下さんが何故マン島で走りたいのか、松下さんがマン島に受け入られている姿・・・。

未だに彼が亡くなったことへの葛藤はあります。
けれど、現地でこの目で見て、初めてわかったことがたくさんありました。
そうした経験から海外にも積極的に出ていくようになり、パイクスピーク(インターナショナルヒルクライムレース)やEICMA(ミラノモーターサイクルショー)にも行くようになりました。マン島以来、気になるなという心情を、実行するという行動に移すということができるようになりましたね。

そんな私が、松下さんの後輩である「走って喋れるレーシングMC」和田鉄平さんとお仕事を一緒にしたのをきっかけに、“お互い自分たちが苦労した技術の習得のコツを伝えられる場を作れたら”という思いから始めたのが、「サーキットやバイクイベントで話す仕事をやってみたい!」と思う人たちに向けたワークショッププロジェクト松下塾なんです。

※松下ヨシナリ氏
本名:松下佳成、グラフィックデザイナー、オートバイレーサー、モーターサイクルジャーナリスト、レースMCとして活動。2013年にマン島TTレース予選走行中に事故で亡くなる。

EIGHTH:松下塾やMCの活動を通じて発信していきたいことは何ですか?

松下塾の名前の由来は、松下さんが二人の共通の先輩であり、特に私にとっての喋りの師匠であったこと。それから、松下さんがレースで亡くなったからといってそのお名前を出すことがタブーになることがいやだったので、私の発案でご家族にもご理解をいただいた上で命名しました。
あと、松下さんのとってもハッピーなMCに代表される功績がクローズされしまうのもいやでしたね。MCってMaster of Ceremonyの略で、その場を取り仕切る人という意味。MCで現場の雰囲気は良くも悪くも変わるので、MCの底上げをすれば現場ももっと良くなるし、MCという職業の価値も上がると思っています。MCのクオリティやレベルを上げることで、バイクレースやイベントを楽しんでいる人たちのホスピタリティ向上につなげたい。そしてバイク界に貢献することで、お世話になった方々への恩返しになればと思っています。

多聞 恵美 さん
兵庫県神戸市出身。
バイクのフィールドにおいてモデルとライターの両方をこなす「モデライダー」として幅広く活動をする女性ライダー。
バイクレースやイベントのMCのみならずラジオ、TVの情報番組にも多数出演。
他にオートバイウェアの広告モデルやヘルメットブランドのデザインプロデュースなどを務め、
本人曰く「バイクの何でも屋」として活躍中。