不況を吹き飛ばせ!

文・河西啓介 イラストレーション・安藤俊彦

これは『MOTO NAVI』の2009年2月号に掲載したもの。2008年に起きた“リーマン・ショック”後に書きました。世界がコロナウィルスの脅威にさらされている今と、どこか通じるところがあるような気がして、これをあらためて掲載するものです。

1967年生まれの僕が大学を出て就職したのは、いわゆる“バブル経済”と呼ばれた好景気が終わりに差し掛かっていた頃。それでもいまの学生から見れば夢のような時代だろう。

だが就職してから2年後、景気はストンと落ちた。幸か不幸か、まだたいした給料はもらってなかったからさほど危機感はなかったものの、株や不動産に手を出していた上司たちは、ずいぶんと慌てふためいていた。

その後、僕は出版業界に転職し、以来モーター系専門誌の編集者という、「ITバブル」も「勝ち組」も縁のない世界で地道に(?)働いてきた。だがこのところのメディアの騒ぎかたを見ていると、そんな僕でさえ世の中がふたたび大不況のただ中にあることを意識せざるを得ない。

ある雑誌のコラムで、有名作家が「9月のリーマン・ブラザース破綻により、世界はそれ以前とはまったく変わってしまった」と書いていた。確かにそう言ってしまえばインパクトはあるが、僕には決してそうは思えない。

世界はいつの時代も、肥大と縮小を繰り返してきた。太り過ぎたシステムはいずれパンクし、不要や贅肉が削り取られ、本当に必要なモノやコトが残っていく。だから、たとえアメリカ自動車ビッグスリーが潰れたとしても、それは世の中から「必要とされなくなった」というだけのことなのだ。もちろん今回の経済破綻により生活の危機に直面した人々には、手が差し伸べられるべきだ。だが僕らの目の前にある「生活」は、リーマンが破綻する前も後も相変わらず、淡々と続いている。

だから不況をことさら煽るメディアに対して僕は懐疑的だし、踊らされたくない。こんな時こそ動揺すべきではないのだ。大事なのは自分にとって本当に必要なコトを見極める価値観を持つこと。

翻って、ではオートバイは本当に「必要」なモノなのだろうか、と、自問する。これからも生き残っていくのだろうか?

大方の人にとってオートバイは生活必需品ではない。だがもしオートバイがなかったら、乗れなくなってしまったらどうだろう?

全身に風を受けて走るときの爽快な気持ち。車体をバンクさせ、カーブを抜けていくときのスリル。歯切れのいいエキゾーストノートを聴いたときの高揚感。そしてオートバイを通じて出会う人々、そんな仲間と過ごす時間。

オートバイがなくたってきっと生きてはいける。でもオートバイがなかったら、人生はずいぶん味気ないものになってしまうだろう。

ここ数年、景気の動向とは関係なく大型二輪免許の取得者は年々増え続けている。輸入車をはじめとする大型バイクの販売も然りだ。オートバイに乗ることをあらためて趣味として選択し、楽しむ大人たちが確実に増えているのだ。

そして、僕らはそんな人たちが必要としてくれる限り、いっそう真剣に「オートバイのある生活」の楽しさを伝えるため、雑誌を作り続けていくだろう。

世の中に吹く不景気の風など、バイクに跨がって、どこかに吹き飛ばしてしまえばいい。